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「ブログ再開のお知らせについて」

たいへん久しぶりの更新になってしまいました。


申し訳ありません。


昨年は持病の調子が良くなくて、入院したり静養したりの日々でした。ぼちぼちと仕事にも復帰し、現在は通常の生活に戻りそれなりに元気に暮らしています。


入院や静養をしなければいけないと決まってから、私はあることを決行することにしました。


それは瞑想修行を断ってみることです。


前々から考えていたのですがもはや習慣であり、日々の日常に溶け込んでしまっている瞑想を断つことはなかなかできないでいました。しかし、健康面で切羽詰まりつつあったので、これもいい機会だと思うことにして「瞑想断ち」を決行しました。


なぜ「瞑想断ち」を考えていたのかというと瞑想への強い執着が苦しみの種になっていることを自覚していたからです。


瞑想というものの「安楽」さ「至福」さ「快楽」というものを知ってしまうと中毒の様を帯びてしまい依存してしまうことになりがちなのです。「瞑想中毒」というか「瞑想依存症」というか。一種の病的とも見える様態になります。


そこで意識的に努めて瞑想を行わないでみる生活をしてみました。約半年たちましたが、ようやく瞑想への渇望は静まり瞑想に執着しない拘泥しない生活にも慣れてきました。瞑想が「抜けた」のでしょう。


「瞑想をしていないのならばこのブログを書く必要はないのではないか?」と思われるかもしれません。


しかし、「瞑想断ち」の生活の中で見つけたものもあり、それが新たに自分の瞑想や宗教性に対する立場を明らかにしてくれました。


今までこのブログを書く姿勢が二転三転してブログも迷走してきましたが、新しく明らかになった自分の立場で改めて瞑想や宗教性について書いてみるのも一つの試みではないか、とも思うのです。


ブログが迷走することは読者の方々にはご迷惑だと承知していますが、私も「迷い」の中にいるただの人間、凡夫であります。みっともない姿ではありますが、「迷い」の中にいるというのも私の現実であります。そうしたみっともない自分の姿や現実を晒す中で読者の方々の参考になることがもしかして少しでもあるとしたら(それは、反面教師としてかもしれませんが)幸いと存じます。


なお、このブログ名もまたまた変更し初心に帰り「秋月蓮城のプログレッシブ精神世界ブログ」に戻したいと思います。


右往左往していますが、ブログ自体を貫くテーマは瞑想や宗教性、スピリチュアリティにあることはなんら変りなく実質的に内容も変わらないでしょう。しかし、これからはいまいち不確かであった私自身の立場やアイデンティティを一歩進めて、新たに固めた段階での発言になると思います。


今後ともよろしくお願いいたします。